民法(親子法制)等の改正@
〜嫡出推定、嫡出否認制度の改正(令和6年4月1日施行)〜
弁護士 長森 亨
令和4年12月に成立した民法改正により、いわゆる無戸籍者の問題を解消する観点から民法の嫡出推定制度に関する規定等が見直されました。
嫡出推定制度の改正部分の施行日は令和6年4月1日となっています。
このコラムでは、これら改正部分の概要をご紹介します。
婚姻関係にある男女の間に生まれた子は、法律的には「嫡出子」と呼ばれます。この場合、出生によって当然に法律的な親子関係が生じることになります。この点で、婚姻関係にない男女の間に生まれた「非嫡出子」については、認知を経ないと法律的な父子関係が生じないことと大きな違いがあります。
ただし、当然に法律的な親子関係が生じるとは言っても、現実には婚姻関係にある男性の子ではない(生物学的には親子ではない)場合も生じえます。そこで、早期に父子関係を確定し、子の地位の安定を図るため、婚姻関係を基礎として、子の懐胎・出生時期を基準に父子関係を推定する嫡出推定の規定が定められています。そして、このような推定規定によって嫡出子と扱われる子との親子関係を否定するための手段として、嫡出否認の訴えの規定が定められています。
このような嫡出推定及び嫡出否認の訴えに関する民法の規定は、令和4年の親子法制に関する民法改正において大幅に見直されています。この改正法は基本的に令和6年4月1日以降に生まれる子に適用されることから、同日までに生まれた子と同日以降に生まれた子では、嫡出推定を受けるかどうか、嫡出否認の訴えを提起できるかどうかやその期間などが異なります。 以下では、適用される民法が改正前か改正後かで分けて説明します。
改正前の民法は、@妻が婚姻中に懐胎した子は夫の子と推定する(改正前の民法772条1項)、A婚姻の成立の日から200日を経過した後、または婚姻の解消もしくは取消しの日から300日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する(改正前の民法772条2項)と定めています(このような推定を受ける子を「推定される嫡出子」といいます)。推定される嫡出子は、夫の子、すなわち嫡出子であると推定されますので、その推定に反して親子関係を否定するためには、夫が嫡出否認の訴えを提起しなければなりません(改正前の民法774条、775条)。そして、この訴えは、夫が子の出生を知った時から1年以内に提起しなければならないと定められており(改正前の民法777条)、厳格な否認権者及び出訴期間の制限がされています。
これに対して、婚姻の成立の日から200日以内に生まれた子のように、夫の子と推定されない子を「推定されない嫡出子」といいます。このような子も、婚姻関係にある男女の間に生まれていますので、法律が定める推定を受けないというだけで、嫡出子であることは間違いありません。推定されない嫡出子との親子関係を否定する場合、嫡出否認の訴えではなく、親子関係不存在確認の訴えをすることになります。この訴えは、嫡出否認の訴えと異なり、父以外の第三者からも訴えをすることができますし、出訴期間の制限もありません。
このような「推定されない嫡出子」のほかに、形式的には改正前の民法772条に定める要件に該当しており、嫡出推定を受ける場合であっても、妻が子を懐胎する時期に、夫が刑務所に服役していたとか、既に事実上の離婚をして夫婦の実態が失われており、性的関係を持つ機会がなかったことが明らかであるといった事情がある場合には、「推定の及ばない子」とされて、推定されない嫡出子と同様に、親子関係不存在確認の訴えにより親子関係を否定することができると考えられています(最判昭44・5・29判時559・45、最判44・9・4判時572・26)。
改正前の父子関係を否定する手続の分類
分類 | 概要 | 手続 | 提訴権者 | 出訴期間 |
---|---|---|---|---|
推定される 嫡出子 |
嫡出推定の要件に該当する | 嫡出否認の訴え | 法律上の父 | 出生を知った時から1年以内 |
推定されない 嫡出子 |
嫡出推定の要件に該当しない | 親子関係不存在確認の訴え | 利害関係があれば誰でも | いつでも |
推定の及ばない 嫡出子 |
嫡出推定の要件に該当するが、推定される夫の子を懐胎する機会がなかったことが明らか |
(1)嫡出推定の規定
改正後の民法772条1項は、@妻が婚姻中に懐胎した子は、当該婚姻における夫の子と推定すると定めており(改正後の民法772条1項前段)、この点は改正前と変わりません。改正後の民法はこれに加えて、A妻が婚姻前に懐胎した子であって、婚姻が成立した後に生まれたものは、夫の子と推定すると定めており(改正後の民法772条1項後段)、改正前の民法が、婚姻の成立の日から200日以内に生まれた子を「推定されない嫡出子」と扱っていた点を改めています。これは、妊娠した後に婚姻する夫婦が増加しているという社会の変化等を踏まえたものと考えられます。
改正後の民法772条2項は、このような同条1項の改正を踏まえて、懐胎時期の推定について、@婚姻成立日から200日以内に生まれた子は婚姻前に懐胎したものと推定し(改正後の民法772条2項前段)、A婚姻の成立の日から200日を経過した後、または婚姻の解消もしくは取消しの日から300日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する(改正後の民法772条2項後段)と定めて、懐胎時期の推定に関する一般的な規律を定めています。
また、改正後の民法772条3項では、婚姻が複数回の場合における嫡出推定として、女性が子を懐胎した時から子の出生の時までの間に二以上の婚姻をしていたときは、その子はその出生の直近の婚姻における夫の子と推定すると定めています(改正後の民法772条3項)。このため、婚姻中に懐胎した場合もその後離婚して再婚後に出生した子は後婚の夫の子と推定されます。
さらに、婚姻が複数回の場合の嫡出推定が嫡出否認の訴えにより否定された場合の嫡出推定として、この場合には、否認された夫との間の婚姻を除いた上で、子の出生の直近の婚姻における夫の子と推定すると定めています(改正後の民法772条4項)。上の例では、後婚の夫の子との推定が否認されたことにより、後婚を除いた直近の婚姻である前婚の夫の子と推定されることになります。
改正後の民法は改正前に比べて少し複雑な定めになっていますが、大きく異なる点は、@婚姻成立日から200日以内に生まれた子も夫の子と推定される(改正後の民法772条1項後段)、A婚姻解消後300日以内に生まれた場合も、再婚していた場合は、後婚の夫の子と推定される(改正後の民法772条3項)という2点と思われます。
また、この改正に伴って、推定の重複を避けるために婚姻の解消後100日以内の女性の再婚を禁止する民法733条は削除されています。
(2)嫡出否認の訴えの規定
改正前の民法では、子が嫡出推定を受ける場合の嫡出否認の訴えは、父のみが提起することができ、その期間もこの出生を知った時から1年以内という厳格な期間制限がされていました。
これは、早期に父子関係を確定して、子の地位を安定させ、家庭の平穏を守るためでしたが、他方で、夫の協力を得られない母や、夫から家庭内暴力を受けている母などが、その子が戸籍上夫の子とされることを避けるために出生届を提出しないことがあり、このことが無戸籍者問題の原因となっているとの指摘がされていました。
そこで、改正後の民法では、父のほか、子及び母にも否認権を認めています。また、婚姻が複数回の場合において推定されない父(前夫)にも否認権を認めています。ただし、濫用的な訴えを制限する観点から、母や前夫の否認権の行使が子の利益を害することが明らかなときは、その行使が許されないとされています(改正後の民774)。
また、出訴期間は、父や前夫については子の出生を知った時から3年以内、子や母については子の出生の時から3年以内とされています(改正後の民法777条)。
この出訴期間についてはいくつか特則が定められています。まず、婚姻が複数回の場合の嫡出推定が嫡出否認の訴えにより否認された場合、これによって推定されることになった前夫との父子関係の推定については、子や母、前夫等は、その裁判が確定したことを知った時から1年以内に嫡出否認の訴えを提起しなければなりません(改正後の民法778条)。また、子の否認権は出生の時から3年以内に行使しなければならず、これは法定代理人によって適切に行使されることが想定されています。しかし、社会的にも親子の実態がない場合には、子が自らの判断で否認権を行使する機会を与えることが相当であると考えられます。このため、子が父と継続して同居した期間が3年を下回るときは、子は21歳に達するまでの間、嫡出否認の訴えを提起することができるとされています(改正後の民法778条の2第2項)。ただし、仮に同居をしていなかったとしても、父子関係の実態から、その父子関係の否認を認めることが相当ではない場合もあるため、「子の否認権の行使が父による養育の状況に照らして父の利益を著しく害するときは、この限りでない」と定められています(改正後の民法778条の2第2項ただし書き)。
改正後の民法による否認権者及び出訴期間(改正後の民法774条、777条)
否認権者 | 出訴期間 |
---|---|
父 | 父が子の出生を知った時から3年以内 |
子 | その出生の時から3年以内 |
母 | 子の出生の時から3年以内(※) |
前夫 | 前夫が子の出生を知った時から3年以内(※) |
※否認権の行使が子の利益を害することが明らかなときは行使できない。
(3)「推定の及ばない子」の判例法理
民法改正時の議論において、婚姻中に懐胎した子の嫡出推定に関して、前述の「推定の及ばない子」に関する判例法理は引き続き維持されると解されているため、婚姻中に懐胎した子については、引き続き前述の判例法理が適用され、親子関係不存在確認の訴えにより親子関係を否定することができると考えられます。
改正法により、婚姻前に懐胎され、婚姻後に出生した子についても夫の子と推定されることになりましたが(改正後の民法772条1項後段)、このような子についても上記判例法理が維持されるかどうかは解釈に委ねられることになっています。しかし、改正時の議論においては、「推定の及ばない子」の判例法理がそのまま適用されるかどうかはともかく、嫡出否認の訴えによることなく、父子関係を争うことも否定されるものではないとの解釈も成り立ちうると考えられるとされています。したがって、今後の裁判例の蓄積を待つ必要はある必要はあるものの、嫡出推定を及ぼすことが相当ではない合理的な理由があるケースでは、「推定の及ばない子」の判例法理に準じた解釈、運用がされるのではないかと考えられます。
このように、嫡出推定及び嫡出否認の訴えの規定は令和4年の民法改正により大幅に改正されており、改正後の民法は基本的に令和6年4月1日以降に生まれた子に適用されます。
ただし、改正法附則において、子及び母の否認権行使を定めた規定は施行日(令和6年4月1日)前に生まれた子にも適用され、また、この場合の嫡出否認の訴えの出訴期間は、「施行の時から1年を経過する時まで」と定められています。
よって、令和6年4月1日までに生まれた子についても、子及び母の嫡出否認の訴えについては、同日から1年以内に限り、改正後の民法に従って提起することが可能です。
以上