改正民法施行に向けての準備
弁護士 澤田和也
民法の一部を改正する法律案が平成29年5月26日に成立し,同年6月2日に公布されました。
民法制定以後初めての大きな改正であり,従来の判例等によって蓄積されたものについて立法措置をとったものは,従前の実務のままの扱いで問題ありませんが,新しい内容を伴う改正点も含まれており,この点は実務に大きな影響を及ぼします。
しっかり内容を把握して,現在締結している契約書の改訂が必要かどうか,事務フローの変更は必要ないか,今後のために契約書のひな形を変更する必要があるかどうか等,細部にわたり検討し,施行に備える必要があります。
債権回収の事務フローに関する事柄ですが,債権の消滅時効期間について,職業別の短期消滅時効が廃止され(医師の診療債権3年,売掛金債権の2年等),@権利を行使することができることを知った時から5年,A権利を行使することができる時から10年が基本となりました。従来,一般の商取引に関する債権の時効期間が弁済期から5年ですから,大きく変わるものではありませんが,自社の債権について,消滅時効期間を整理しておく必要があります。また手形債権及び電子記録債権のように時効期間が従来どおりのものもあるので注意してください。
時効の中断,停止の制度について,完成猶予及び更新という制度に変わり,内容が整備されました。従来,時効中断のために訴えを提起しなければなりませんでしたが,協議を行う旨の合意が書面でされたとき時効の完成が猶予されることとなり,訴えの提起を回避できることとなりました。消滅時効の成立を回避するための手段がふえたことになります。
金銭債務の遅延損害金に関わるところですが,法定利率が従来の年5%固定制から,変動制を採用することになりました。改正法施行時に年3%とした上で,5年に一度見直しがされます。年6%の商事法定利率の規定も削除されます。
このような改正により,約定利率の合意がない場合の金銭債務の遅延損害金の額が減ることになります。これまで契約書に定めていなかった場合には,金銭債務の遅延損害金の約定利率を定めるかどうかの検討を要します。
定型約款に関し,@定型約款が当事者間の合意としてみなされるための要件,A内容の開示義務,B変更のための要件が新設されました。従来利用されている定型取引(ある特定の者が不特定多数の者を相手方として行う取引であって,その内容の全部又は一部が画一的であることがその双方にとって合理的なものをいう。)に関する約款の多くは,定型約款に該当すると考えられ,実務に与える影響は大きいものではないと思われます。
しかしながら,これまで明確でなかったものが規定されたわけですから,定型約款を準備する側の企業も,その相手方となる企業も採用している約款が当事者間の合意として認められるか,確認しておく必要があります。
保証について新しいルールが採用されています。保証を扱う企業はしっかりと準備しなければなりません。
まず,委託を受けた保証人(法人も個人も含まれます。)から請求があったとき,債権者が主たる債務の履行状況について情報を提供しなければならないとする義務が設けられました。義務の対象は債権者です。保証人に対する債権を有する企業は,いかなる場合にどんな情報を提供しなければならないか,情報提供を怠った場合の効果を確認しておく必要があります。
また,主たる債務者が期限の利益を喪失したとき,個人である保証人に対しては,債権者が利益の喪失を知った時から2か月以内に,期限の利益を喪失した旨通知しなければなりません。保証人に対する債権を有する企業は,通知書の送付を事務フローに加える必要があります。
事業のために負担した貸金等債務を主たる債務とする個人の保証契約,又は主たる債務の範囲に事業のために負担する貸金等債務が含まれる根保証契約についての特則が設けられました。個人が保証人となる場合について,いわゆる経営者保証を除き,公正証書によるものでなければ効力が認められないこととなりました。
また,主たる債務者が保証を委託するときに,保証人が個人の場合,主たる債務者には保証人に対して所定の情報を提供しなければならないとの義務が課され,これを怠った場合には保証契約が取り消されることがあります。この場合の義務者は主たる債務者です。債権者となる企業は,主たる債務者に課された情報提供義務について,その履行を確認する事務フローを確立しなければならないでしょう。
譲渡制限特約付きの債権が譲渡された場合,従来のように譲渡が無効とはならず,譲受人が債権者となります(預貯金債権は例外です。)。その結果,債権の譲渡を受けようとする企業は,譲渡制限特約を理由に譲渡が否定されることはなくなり,対抗要件を具備して,債務者に対して履行を求めることができます。
ただし,譲受人が譲渡制限特約につき悪意又は重過失があった場合には,債務者は譲受人に対する支払を拒絶でき,また譲渡人に弁済する等債務を消滅させる事由をもって対抗することができることとされました。譲渡制限特約を利用している企業は,制限特約を維持するかどうか,特約違反があった場合の対抗策を確認する必要があります。
債務不履行を理由とする契約の解除について債務者の帰責事由が不要とされ,また債権者に帰責事由がある場合には債権者からの解除はできないことが新たに規定されました。債務不履行を理由とする一般的な契約の解除条項について,改正民法に沿った契約内容とするのか,従来どおり帰責事由を必要とし,すなわち改正民法の特則として異なる内容を定めることにするのか,検討を要します。もっとも,解除事由を具体的に定めている契約書については,特段の変更は必要ないと考えられます。
なお,賃貸借契約において,いわゆる信頼関係破壊の法理による解除権の制限について変更はありません。
売買契約について,従来の瑕疵担保責任は,契約の内容に適合した目的物ないし権利の引渡しをする義務があることを前提とし,契約の内容に適合しない履行をしたと整理され,債務不履行責任の特則とされました。買主は,現行どおり@損害賠償請求権及びA解除権を行使できるほか,B追完請求権,C代金減額請求権を行使できると規定されました。これらの買主の権利は,買主が不適合(数量及び権利に関する不適合を除く)を知った時から1年以内にその旨を売主に通知しないときは失権するとされました(悪意重過失の売主に対する関係は除く)。
実務上,こうした改正に沿った契約内容とするのか,特約として異なる内容を定めるのか,売主の立場及び買主の立場で,下記のとおりそれぞれ検討を要します。また,契約書上の「瑕疵」用語は「契約不適合」と改め,何をもって「契約不適合」とするのか,契約書に盛り込んだほうがよいと考えられます。
- 契約不適合の場合の買主の権利に制限を設けるかどうか
- 契約不適合の責任の期間制限を残すかどうか
- 数量や権利についての契約不適合に期間制限を設けるかどうか
- 改正されていない商法526条の買主の検査通知義務を残すかどうか
売買契約の担保責任の規定が請負契約にも準用されています。このため,請負契約においても,注文者には,契約不適合を理由とする追完請求権,損害賠償請求権,報酬減額請求権が認められますし,契約の解除権も否定されていません。また,売買契約と同様,注文者の権利は,注文者が不適合(数量及び権利に関する不適合を除く)を知った時から1年以内にその旨を請負人に通知しないときは失権するとされました(悪意重過失の請負人に対する関係は除く)。
契約書上の「瑕疵」用語は「契約不適合」と改めるべきですが,実務上,売買契約の場合と同様,何をもって「契約不適合」とするのか,改正に沿った契約内容とするのか,特約として異なる内容を定めるのか等,請負人の立場及び注文者の立場でそれぞれ検討を要します。
改正民法は,平成29年6月2日に公布され,公布の日から起算して3年を超えない範囲内において政令で定める日から施行するとされています。施行まで,十分な準備期間がありますので,計画的に準備を進めてもらえればよいと思います。
改正に伴い,従来の契約書の変更をするかどうか,施行後の契約書のひな型をどんな内容にするのか,細部にわたり検討しなければなりません。まずは,担当者において改正点の内容を文献等によって十分に理解し,必要に応じて弁護士に相談する等して情報を収集した上で,対応方針を決定し,研修等により社内周知を徹底していただく必要があります。
以上